川端龍子 ベストセレクション「虎の間」

川端龍子さんの没後50年を記念して昨年から山種美術館などで大規模な展覧会が開催され、日本画家・川端龍子さんの注目度が高まっています。

ベストセレクション展は平成30年4月28日(土)~同年8月26日(日)まで開催されているので、何度も足を運んで観賞して頂きたい作品が盛りだくさんです!

今回の「ベストセレクション 龍子記念館の逸品」も取材などが多く、この展覧会も注目が集まっているそうです。

「旅すき.site」では、ギャラリートークで学芸員の木村拓也さんが解説して下さった制作当時の時代背景や画家として立ち向かう姿勢、未来に向けたメッセージなど、龍子作品の魅力をご紹介したいと思います。

その中でも、出品の問い合わせが多い人気作品を選んでお伝えします!

今回のベストセレクション展から旅すき取材員が選んだ作品は、川端龍子さんの代名詞とも言える横幅が7mを超える作品で、画中に龍子さんの自画像があり、いつもの龍子さんのタッチとは違う画中画「虎の間」です。

南禅寺 虎の間

臨済宗大本山 南禅寺

「虎の間」と聞くと、京都にある南禅寺を思い浮かべる方も多いと思います。

まずは、龍子さんの画材になった南禅寺の虎の間を少し説明します。

京都市左京区にある臨済宗大本山南禅寺は、1291年に創建された寺院で、日本の全ての禅寺の中でもっとも格式の高い寺院です。

南禅寺 三門

三門からの眺めは歌舞伎で有名な石川五右衛門の台詞でお馴染みの「絶景かな、絶景かな」はここからの絶景だそうです。

南禅寺の方丈は、昭和28年に国宝指定されており、方丈には大方丈と小方丈があります。

大方丈(内陣、御昼の間、鳴滝の間、麝香の間、鶴の間など)と小方丈虎の間、三室(九畳、六畳、二十畳)広縁からなっています。

小方丈の内部には、桃山絵画からの流れを引き継いだ江戸時代初期の絵師である狩野探幽(かのう たんゆう)の襖絵「群虎図」が40面に飾られていることから、通称「虎の間」と呼ばれています。

会場芸術「虎の間」

川端龍子「虎の間」葉書

この虎の間は、龍子さんが62歳の時に制作された作品で、大きさは245.4cm×727.7cmと圧倒する大きさの作品です。

所蔵作品図録より「爆弾散華」

学芸員の木村さんのお話では、龍子さんは戦前も大きな作品を制作をしていたそうです。

終戦直後は、爆弾散華を制作発表していますが、終戦を迎えてから2年経過した1947年に龍子の代名詞とも言われる横幅7m超えの作品に挑んだ作品で、戦後初の試みだったそうです。

まだまだ物資が無い最中、龍子さんが戦いを挑んだ作品とも受け取れ、龍子さんの気合いの入った作品とも言えるそうです。

複雑な構図 虎VS龍

画中画(がちゅが)とは、芸術の表現様式に一つで、絵の中に、描写対象としてさらに絵がある構図のことを言います。

龍子さんも虎に囲まれた部屋を楽しもうと、南禅寺を訪れ古典の大傑作と言われる探幽の描いた虎を観賞した一幕を描いた作品です。

南禅寺史より 水呑の虎図

龍子さんが空間から独自で生み出した虎の間を学芸員の木村さんの解説を交えて検証していきましょう!

龍子さんが描いた「虎の間」の真ん中に立っている紳士は龍子自身であることから、自画像でもあり、自身が画中に登場することで画中画にもなっています。

非常に視線が入り組んだ複雑な構図になっていることが見受けられる作品です。

川端龍子「虎の間」葉書

学芸員の木村さんは、もう一つの視線の向きについて解説してくれました。

それは探幽が描いた虎と龍子さんの視線の向きです。

木村さんは、襖のは龍子さんをギロッっと睨み付けているように見えますが、反対に、龍子さんの視線は興味がない様子で、虎でも竹林でもなく、探幽の絵に対してのことよりも、虎の間の空間そのものをどのように料理しようか(描こうか)とイメージを膨らませている龍子さんの試みを見てほしいとを解説されていました。

所蔵作品図録より「川端龍子」

まさに「龍虎相見える(りゅうこあいまみえる)」=(江戸時代初期の絵師)VS 龍(現代を代表する画家)のような“視線の戦い”を彷彿とさせると語ってくれました。

旅すき取材員の視点からは、龍子さんを睨んでいるの目は、憎しみは無く、戦争が終わり未来へ戦いを挑む龍子さんを江戸幕府の御用絵師であった探幽(虎)がお手並み拝見とばかりに今後の日本画をどのように変化させていくのかを高みの見物しているようにも見えました。

狩野探幽

狩野探幽(かのう たんゆう)は、安土桃山時代の絵師・狩野孝信(かのう たかのぶ)の長男として生まれ、日本絵画史上最大と称される狩野派「中興の祖」と言われています。

狩野探幽像 Wikimedia Commons

ちなみに、狩野探幽と奥様のお墓は大田区の池上本門寺にあり、本門寺境内の多宝塔の近くです。

多宝塔の周辺には狩野一族のお墓が集積しています。

日蓮宗大本山 池上本門寺

墓塔は、ひょうたんの形をしていて、並び立つ顕彰供養碑には、探幽の事績が刻まれており、東京都指定文化財になっています。

池上本門寺
東京都大田区池上1-1-1
http://honmonji.jp/

好きな山花を追加

学芸員さんの木村さんから植物の名前を聞き、植物を調べてみたところ、植物は6月~8月辺りに開花期を迎える山間の湿地に咲く花だと分かりました。

旅すき取材員の視点からは、初夏を感じる植物で芽生え(めばえ)を表現し、戦後の明るい兆し(めばえ)と勢いが込められているようなメッセージを感じました。

南禅寺史より 水呑の虎図

本来の南禅寺の虎の間の虎は「水呑(みずのみ)の虎(とら)」と言われており、竹林に小川が流れ、虎が水を飲んでいる場面が描かれています。

探幽は、画面の中に品良く納まる華麗で粋な構成と余白を存分に生かしたメリハリの利いた軽快で心象を描いた豊かな表現が特徴です。

探幽が余白の空間を作り出した構図に、龍子さんは花々を追加し龍子イズムを盛り込んでいます。

①ギボウシ(擬宝珠)

龍子さんは竹の間にギボウシを加えています。

川端龍子「虎の間」葉書

ギボウシは、主に山野の林の中や湿原などに自生する多年草で、野生のギボウシは、別名をウルイやタキナと言い、若芽や若葉を山菜として食べられる植物です。

開花の見頃は7月~8月で、蕾は筒状で先端からふっくら膨み、初夏の風にのってとても良い香りがする植物で、強い日射しに弱く、日陰でも元気に育つ植物です。

ギボウシ

龍子さんは、山地や湿原の草花が好きなだけで構図上に加えたのではなく、ギボウシの性質を知っていたからこそ竹と竹の間で日陰になっている場所を選んだのかもしれません。

②トラノオ(虎の尾)

虎の尾っぽ付近には山地の湿地に生えるトラノオの花が咲いています。

いずれも花穂は細長い四角錐で、花は四方に向かって規則正しく並んでおり、虎の尾っぽに見立てて名付けられたそうです。

川端龍子「虎の間」葉書

トラノオは夏から秋にかけて、初夏の頃に日本全土の野山でよく見かける花です。
花色は淡いピンク色から白色まで、いくつかの品種があり、開花期は7月~10月です。

古くから茶花として一輪挿しで好まれる花です。

山地の湿地に咲くトラノオ

名前の由来になったトラノオと虎の尾(トラノオ)を上手く掛け合わせているところが、龍子さんの遊び心を感じました。

ヤマユリ(山百合)

龍子さんの背景で咲いている白い花はヤマユリで、国内では中部地方から北の平地や山地に自生し、初夏の花として親しまれています。

川端龍子「虎の間」葉書

ヤマユリの花期は7月~8月頃で、花びらが外に弧を描きながら広がり、その大きく美しい花の姿から、数あるユリの中でも「ユリの女王」と呼ばれています。

ヤマユリはカサブランカの交配親として知られるほか、球根が「ユリ根」として食べられることでも有名です。

山地の湿地に咲くヤマユリ

「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」ということわざがありますが、美しい女性を花に例えた言葉で、歩く姿は百合の花のように美しい女性とは、家族思いの龍子さんは一緒に京都へ旅した娘の紀美子さん(右側の女性)を思っているのではと想像しました。

④ユキノシタ(雪の下)

作品の右下に膝を立てた姿勢でしゃがんでいる男性の隙間から見えるのはユキノシタです。

川端龍子「虎の間」葉書

ユキノシタの生薬名はコジソウ(虎耳草)と言います。

山地の日陰や谷川沿いに自生する常緑の多年草で、生の葉を腫れ物やむくみなどの民間薬として利用されてきた生薬で、庭先でも栽培されています。

開花の見頃は5月~7月頃で、花は基部に濃黄色の斑点があり、下の2枚は白色で細長く5弁で多数の花をつけます。

山地の日陰に咲くユキノシタ

少しの空間も逃すことなく端から端まで作品を大事に思い、虎の間を最大限表現する緻密な構成と龍子さんの繊細さが見受けられました。

三女の紀美子さん

川端龍子「虎の間」葉書

小脇に白いバックを抱えた上品な女性は、龍子さんの三女・喜美子さんです。

右側にかがみこみ、スケッチブックを持って襖の作風をじっくり見ているのは龍子さんの弟子だった日本画家・安西啓明(あんざい けいめい)さんです。

学芸員の木村さんは、右側にかがみ込む安西さんを描くことで、襖絵が一面ではなく、部屋全体に描かれている奥行き感が表現されていると教えて下さいました。

関連情報:川端龍子 ベストセレクション「草の実」

まとめ

川端龍子記念館も今年で開館55周年を迎えました。

大田区が龍子さんの作品のために昨年、大々的に全館の照明をLEDに切り替え、今までの照明とは違い、大きい作品が影にならず、リアルな色彩で楽しめるよう工夫が施されています。

ゆったりした空間演出と龍子さんの筆運びが近距離で拝見できるのは、龍子記念館だけだと思います。

この環境で入館料200円は超お得です!!

龍子さんが好きな修善寺の野草

今回のベストセレクション展は、展示作品の中でもメインを飾る作品が沢山あり、見どころ満載です。

記念館前には、龍子さんが愛した修善寺の野草や自宅の庭園(龍子公園)は四季に合わせて色々な草花が咲き誇り、何と言ってもパワースポットがあるが魅力の一つです。

龍子公園

名作展の度に足を運んで龍子ワールドをまるごと楽しんでみては如何でしょうか。

「旅すき.site」では、月に一度のギャラリートークに参加できない方にも、龍子作品の魅力を感じ取って頂けるようギャラリートークに参加し、学芸員さんの解説から龍子さんのメッセージを受け取るよう努めています。

大田区 龍子記念館
東京都大田区中央4-2-1
開館時間 9:00~16:30
龍子公園のご案内 10:00、11:00、14:00
ギャラリートーク開催日
6月24日(日)、7月29日(日)、8月26日(日)
各日 13:00~